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質問する側にもマナーがあるということ

2009年10月28日 22:31

ゆとり教育が及ぼす経済力衰退の影響

「教師にサポートされることが当然と思っているのか、受け身の姿勢が強い。実習も教官が具体的に指示しないと準備すらしない。読解力も極端に弱く、『三角形の面積を求めるプログラムをつくれ』という試験を出したら、『どういうことかわからない』といってきた学生がいる。読めないのか、読む気がないのか、理解できない。『あまりにも稚拙だ』というと、『稚拙って何ですか』と聞き返してきた」

ゆとり教育が及ぼした学習姿勢に対する弊害として、よく指摘されているのがこのコメントにもある「受動的になった」ということだ。練習問題の解答の正否を自分で検証しようとはせず、安易に教師に正解を求めてしまう。知的欲求の低下も著しく、事典や辞書を自分で開いたりはせず、インターネットで自分の欲しい情報にアクセスすることで済ませてしまう。労力を惜しみ、効率性のみ追求する傾向も強くなっているようなのだ。



ゆとり教育って何なんでしょう。何でもかんでもゆとり教育のせいにすることの方がまずい気もします。

受身の姿勢が強いというのは、人によってはありますよね。確かに。
「わからないので、教えて欲しい」の一点張りで、何がわからないのかもわからない。ゆえにこちらも何を教えたらいいのかわからない。
何を知りたいのか、と、逆に聞いてみてもやっぱりわからない。じゃあ、こっちもどうして良いかわかりません。

個人的にはゆとりとかそういう問題では無いように思います。例えばパソコンなどの話であれば、逆に年配の方のほうが同じような場合が多いようにも思います。(もちろん人によりますが)
自分はパソコンがわからないのだ、学ぶ気は無い、サクッとわかりやすく教えてくれ、さぁ教えてくれ、と、ここまで直接言われたことはありませんが、そんな感じのこともあります。

とにかく、自分もそうならないように気をつけなくては、という話ですね。

あ、それから同意できないのは、なぜか辞典辞書とインターネットを分けているところですね。辞典辞書で調べようがインターネットで調べようが、同じことだと思いますが。


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